まちづくりにおける「エミック」の視点
物事を観察するアプローチには、エティック(etic)とエミック(emic)という二つの考え方がある。エティックなアプローチとは、観察者が対象の「外側」に立ち、外部から客観的な事実を捉えようとする立場であり、定量的な統計分析、アンケート調査、単発のインタビューなどが該当する。一方でエミックなアプローチとは、観察対象をその「内側」から理解しようとする立場であり、社会学や文化人類学で行われる「参与観察」などが該当する。
参与観察とは、観察対象の集団や社会に入り込み、生活や行動をともにしながら、人々の考え方や認識、感覚、価値観などを理解しようとする手法である。都市を事例とした研究では、ボストンのスラム地域でギャングの日常生活を観察した社会学者ウィリアム・ホワイトによる『ストリート・コーナー・ソサエティ』がある(※1)。
この研究では著者自らがギャングと交友しながら同じ日常パターンをたどることで、一見無秩序なギャングコミュニティにおいて彼ら特有の行動様式や価値観があることを浮かび上がらせた。このように、調査対象のコミュニティや生活に参加し、内側から調査対象者の価値観や視点を理解しようとする試みが、エミックなアプローチである(表1)。
【表1】
従来のまちづくりや都市計画では、客観的なエティックの立場を取ることが多く、主に人口統計や土地利用状況といった定量データが基礎情報として用いられてきた。定性データを得るために住民意識調査も頻繁に行われているが、アンケート調査では設問作成者の想定を超えた回答を得ることが難しく、潜在的なニーズを十分に把握するには限界があった。
一方、最近のマーケティングリサーチでは、エティックとエミックのアプローチを組み合わせる動きがあり、とくにテック企業やメーカーでは、エミックの立場から消費者の行動を理解し、プロダクト開発に役立てている事例がある。たとえば、米動画配信大手のNetflixは、日々蓄積される大量のユーザーデータの分析に加え、参与観察による行動観察を採用している。2013年にNetflixが文化人類学者とともに世界中のユーザーの家庭を訪れ、視聴行動を参与観察した結果、彼らの多くがテレビドラマを複数話まとめて視聴するビンジウォッチング(イッキ見)を行い、それに対して罪悪感を抱いていないことを発見した(※2)。調査から10年以上が経過した現在でも、Netflixではオリジナルドラマを配信する際、シーズン全体を一度にリリースする方式を採用している。
このように、客観的・定量的なデータ分析に加え、エミックな視点でユーザーの行動や主観を理解するアプローチは、まちづくりにおいても重要性が増していくと考えられる。近年はまちを訪れる人や住む人など「まちの使い手」の視点から、居心地のよい環境をつくることが求められており(※3)、そのためには当事者がまちをどのように捉えているのか、主観的な感覚を理解する必要がある。まちに住む人・訪れる人が、まちの空間や環境をどのように感じ、どのように使っているかを観察や会話を通じて理解することで、従来のアンケートやインタビューでは浮かび上がらなかった示唆やニーズを捉えることができる。近年は人流センサーやスマートフォンの位置情報など、まちづくりに活用される定量データがますます多様化・巨大化している。しかし、そうしたデータで把握できることは人間行動の一側面に過ぎず、客観・主観の両面のデータを相互補完的に活用することが、人間中心のまちづくりのためには欠かせないのではないだろうか。
※1 ウィリアム・フット ホワイト 奥田道大・有里典三(訳)(2000), 『ストリート・コーナー・ソサエティ』, 有斐閣
※2 Brian Stelter “Netflix finds plenty of binge watching, but little guilt”, CNN https://money.cnn.com/2013/12/13/technology/netflix-binge/
※3 国土交通省「民連携まちづくりポータルサイト|官民連携まちづくりとは」https://www.mlit.go.jp/toshi/about/