「質の良い睡眠」を求めて

2025年8月21日 / 主席研究員 米田 泰子

 暑くて寝苦しい夜が続いている。クーラーなしではとうてい眠ることができないと感じている人も多いのではないだろうか。暑さによって睡眠の開始時間が遅くなり、睡眠不足がひき起こされているという検証結果もある(注1)。健康維持のうえで睡眠は不可欠だが、そもそも日本人の睡眠時間はどのくらいなのだろうか。

日本人の睡眠の現状
 厚生労働省がまとめた「健康づくりのための睡眠ガイド2023」によると、2019年の国民健康・栄養調査結果において、1日の平均睡眠時間が6時間未満の割合は、男性37.5%、女性40.6%にのぼる。また2021年のOECD(経済協力開発機構)の調査報告でも、日本人の平均睡眠時間は調査対象33か国のなかで最も短かったという。
 こうした結果をふまえて同ガイドでは、日常的に質・量ともに十分な睡眠を確保し、心身の健康を保持するため、ライフステージ(成人、こども、高齢者)ごとの睡眠に関する推奨事項や参考情報をまとめている。たとえば成人においては、「適正な睡眠時間には個人差があるが、6時間以上を目安として必要な睡眠時間を確保する」ことが推奨されている。また睡眠には日中の活動で生じた心身の疲労から回復する重要な役割があるため、睡眠休養感(睡眠で休養がとれている感覚)を向上させることの重要性も指摘されている。

睡眠の見える化
 しかしながら、眠りに入るタイミングや眠りの長さを自分の意志でコントロールすることは難しい。ましてや睡眠の質(睡眠で休養がとれているかどうか)は、実際に寝てみてもよくわからない。良い睡眠のためには入浴、食事、運動など生活習慣の改善が有効といわれているが、個人差も大きく、自分にとっての最良の方法が何かはわかりにくい。
 そうしたなかで注目されるのは、スマートウオッチによる「睡眠の見える化」だ。スマートウオッチは、表示画面を搭載した腕時計型のウエアラブル端末で、BluetoothやWi-Fiで接続してスマートフォンと連携させることができる。身体に直接装着することで、歩数や心拍数などの生体情報を収集することが可能だ。総務省の資料によれば、スマートウオッチの利用率は2024年12月時点で15%程度という(注2)。
 じつは筆者も、スマートウオッチで日々の「睡眠スコア」をチェックするのが習慣となっている。睡眠には深い睡眠、浅い睡眠、レム睡眠の段階があるが、筆者が利用しているスマートウオッチの場合、それぞれの段階の睡眠時間のほか、継続性・安定性・ストレスなどのレベルが計測され、「睡眠スコア」が100点満点で算出される。「質の良い睡眠」のためには、各段階の割合とリズムを整えることが重要という。理想的な睡眠段階の割合は、深い睡眠が10~20%、浅い睡眠が50~60%、レム睡眠が20~25%とのことだ。また睡眠の前半に深い睡眠が長く、朝に向かうにつれて深い睡眠が減り、レム睡眠が徐々に長くなるのが理想的な睡眠リズムといわれている。レム睡眠のタイミングが乱れたり、途中で覚醒してしまう睡眠は質の悪い睡眠とされている。
 こうした「睡眠スコア」と毎日の行動を継続して振りかえることで、「睡眠スコア」を高めるための自分にとってのポイントがわかってくる。筆者の場合、飲み会などで帰宅が遅くなった日や夜遅くまでスマホを見ていた日はスコアが下がり、逆にアルコールを控えた日はスコアが上がる。「睡眠の見える化」によって、生活習慣の問題にも気づかされる。

睡眠(スリープ)ツーリズム
 「質の良い睡眠」を求めるという点で、もう一つ注目されるのは「睡眠(スリープ)ツーリズム」だ。旅先などの新しい環境では、なかなか眠れない人も多いと思うのだが、「睡眠(スリープ)ツーリズム」は、まさに良質な睡眠を得るための旅行である。寝具や空調、室温といった睡眠環境はもちろん、適度な運動や食事、リラックスするためのヨガなどのアクティビティーが含まれるものが多いという。インドを拠点とする HTF Market Intelligence社のレポートによると、世界的に深刻化している睡眠障害を背景に、「睡眠(スリープ)ツーリズム」の全世界の市場規模は6900億米ドル(約101兆円)以上にものぼるという。
 こうした「睡眠(スリープ)ツーリズム」を支えるのも「睡眠の見える化」だ。たとえばオーストラリア南東部に位置するタスマニア州のホテル「MACq01」では、宿泊客が6時間を超えて連続して睡眠した場合、1時間ごとに100豪ドルを宿泊料金から割引するプランを期間限定で実施した。これにはベッドに設置した睡眠解析装置が活用されたという。
 日本でも、プリンスホテルや星野リゾートなどで睡眠に注目したプランが提供されいるが、特に「睡眠の見える化」で注目されるのは、カプセルホテルを中心にホテルを運営するナインアワーズだ。同社のカプセルホテルは体を360度包む筒状となっており、睡眠データを収集しやすいことから、宿泊客に健康状態に関するリポートを提供するプランを導入している。データ収集に合意してもらった上で、カプセルベッド内のセンサーで、体動やいびきなどを測定する。睡眠リポートでは睡眠時間や寝返り、いびき、呼吸、心拍などのデータに加え、睡眠時無呼吸症候群や心筋梗塞など病気のリスクも判定できるという。

 睡眠は、日常のなかで最も長く、そして最も無意識に過ごしている時間である。その質を高めることは、心身のコンディションを整える最良の手段の一つといえる。「睡眠の見える化」は、自分の睡眠を見つめなおし、より良い生活に近づくための一歩といえるだろう。

注1:英国の医学雑誌「Lancet」が中心となって発表した報告資料によると、2023年は気温の上昇により、1986~2005年に比べて睡眠時間が6%減少したという。また米国出版社Cell pressの「One Earth」に掲載された論文によると、68カ国700万件超の睡眠記録(n = 47,628)を含む睡眠追跡用リストバンドの測定データの分析結果から、高温によって睡眠開始時間が遅れることで睡眠不足が引き起こされるという。

注2:2025年6月に総務省情報通信政策研究所が公表した「令和6年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、2024年12月に行った調査(対象者全国13~79歳男女1800人)ではスマートウオッチの利用率は15.2%で、2020年(5.9%)に比べて10ポイント近く増加。特に20代・30代は2割超が利用している。なおMM総研の調査によると、メーカー別のシェアでは米国のアップルが1位という。

(参考資料)
1.「Climate change and human health: Impacts under various scenarios & synergies for action」The Lancet Countdown(2024年)
https://unfccc.int/sites/default/files/resource/Climate_change_and_human_health_impacts.pdf
2.「Rising temperatures erode human sleep globally」One Earth(2022年5月20日)
https://www.cell.com/one-earth/fulltext/S2590-3322%2822%2900209-3
3.厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(2024年2月)
https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf
4.OECD Gender data portal.
https://www.oecd.org/gender/data/OECD_1564_TUSupdatePortal.xlsx
5.総務省「令和6年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(2024年6月)
https://www.soumu.go.jp/main_content/001017160.pdf
6.株式会社MM総研プレスリリース(2025年6月10日)
https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=677
7.GARMINスマートウオッチHP
https://www.garmin.co.jp/minisite/health/sleep/
8.「豪で睡眠ツーリズム広がる」日経MJ(2024年9月27日)
9.Sleep tourism is a multi-billion-dollar industry, and Australian hotels are jumping on the bandwagon – ABC News
https://www.abc.net.au/news/2024-07-25/sleep-tourism-on-the-rise-in-australia/104127072
10.プリンスホテルHP
https://www.princehotels.co.jp/tokyo/plan/kaiminsupport_stay2025/
11.星野リゾートHP https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyakaruizawa/activities/14672/
12.ナインアワーズHP
https://ninehours.co.jp/sleep-analysis-report