企業の志
現在企業が取り組みを進めているテーマとして「ガバナンス改革」「働き方改革」「ソサエティー5.0」などが注目されているが、少し異なった視点で考えてみたい。
リーマンショックを契機に資本主義のあり方を根本から問い直す流れが起きていることや、パリ協定や国連によるSDGs(持続可能な開発目標)の採択などを受け、CSVやコレクティブ・インパクトといった考え方が注目を集めている。CSVとは、「企業本来の目的は単なる利益ではなく、共通価値の創出(=Creating Shared Value)である」ということで、「経済価値を創造しながら社会的ニーズに対応することで社会価値をも創造する」という、企業価値創造の新たなアプローチである。
一方、社会課題の多様化に伴い、多様な組織(行政、企業、NPO、市民など)がセクターの壁を越えて共同で課題解決に取り組む「コレクティブ・インパクト」も注目を集めている。直訳すれば、「集まることによって生じる影響、効果」になるが、こうしたアプローチは、CSVの実践として、社会、環境問題をはじめとする様々な課題解決に有効である。というのも、こうした問題の多くは、もはや、企業単独での解決が困難になってきているからだ。CSV、コレクティブ・インパクトのわかりやすい実践例を紹介する。
ユニリーバは、世界190か国、毎日25億人が製品を使用しているグローバル企業だが、持続可能なパーム油のための円卓会議を立ち上げた。これは、ユニリーバが2004年に国際NGOの世界自然保護基金などと組んで立ち上げた組織で、2018年現在では約3300の団体が加盟している。
ここで、ユニリーバは自社が厳しく整備した調達基準を、この円卓会議を通じて業界全体が準拠すべき基準へと引き上げたが、この基準にかなうパーム油の生産者を囲い込み、競合他社が調達しにくい構造を創出することで、社会課題の解決と同時に競争優位につなげ、圧倒的な経済価値をも生み出した。
また、今年2月のコレクティブ・インパクトを特集したハーバード・ビジネス・レビューのインタビューで、トヨタは、「生き残りを賭けて、協調し、競争する」と言っている。
日本の基幹産業である自動車産業が100年に一度の変革といわれる転機を迎えているなか、地球温暖化や高齢社会における移動手段の確保といった社会的課題解決のため、業種・業態を超えた協調により、こうした環境変化に対応しようとしている。
従来、日本の大企業は、何よりも強い企業集団になることに注力してきたが、今後は、それに加え、トヨタも進めているグループ外の多様なセクターとの連携がより重要になってきており、こうしたトップ企業の戦略は、多くの日本の企業集団にとって、大変示唆に富むものではないだろうか。
ここでは、CSVやコレクティブ・インパクトにつき、グローバル企業のユニリーバやトヨタの事例を紹介したが、近年、日本でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめとする機関投資家はもとより、企業も大小を問わずSDGsへの対応やサステナブルな経営を積極的に取り入れ始め、事業を通し環境問題などの社会課題の解決に取り組む企業が増えている。国連開発計画(UNDP)によれば、「SDGsの達成により、2030年までに、労働生産性の向上や環境負荷低減等を通じた外部経済効果を考慮すると、年間12兆ドルの新たな市場機会につながる。」としている。中小企業にとっても滋賀大学 弘中教授の実証研究によれば、「環境に配慮した経営を行うことは大きな負担となる面がある一方で、環境への対応から生み出される様々な能力~イノベーション、技術力、利害調整力などの能力~が向上する」との指摘があり、多くの中小企業が環境問題やSDGsに積極的に取り組むことで人材の確保やビジネスチャンスを獲得している。
さらには、個人の意識の中でも、自己と仕事(⇒企業)、世の中の関係性について変化が起きている。「自分の企業は、何のためにこの世に存在するか?」がより重要となってきており、仕事を通して、世の中の変革、貢献を行いたいという若者が増加している。(2017年 デロイト ミレニアル年次調査より)
元来、日本は世界一老舗の多い国で、「企業理念」「家訓」などで、社会に貢献するという「志」を持つ企業は少なくない。近代においても、渋沢栄一の「私利を追わず公益を図る」という著書「論語と算盤(そろばん)」の精神は、東急グループ誕生の礎となっているのではないだろうか。
グローバルに未来を見据え、多様なセクターと共に、互いの垣根を越え社会課題を解決するといった「志ある企業」にとっては、限りない可能性が広がっていると言えよう。