3つボタンのキーボードからD2Cを考える
「ウーティングのウーウーが欲しい」、昨年のある日、小学生の息子がこう言った。一昨年にVチューバ―になりたいと言って、パソコン用の高性能マイクを欲しがった際には、“マイク”と言っていたので製品についてイメージはできたが、今回においてはさっぱり想像がつかない。よく聞いてみると、“ウーティング(※1)”というオランダにあるPC周辺機器メーカーが、“UwU(ウーウー)”というキーボードの製品を販売しており、それが欲しいという話であった。本人いわく、YouTubeでゲーミングキーボードやマウスなどの紹介動画やレビュー動画を次から次へと見ていたところ、その製品の存在を知ったらしい。「キーボードならば既に自分の物があるではないか」と親らしい指摘をしつつ、本人が「紹介動画を見てほしい」というので動画を見たところ、大変驚いた。
キーボード上にキーが3つしかないのである。3つ横に並んだキーの上には、それぞれ「U」「w」「U」と手書きのようなタッチの文字が印字されており、顔のようにも見える。「3つしかキーがないのに、どう使うの?」とたずねてみると、どうやら特定の“音ゲー(音楽ゲーム)”用に使っているユーザーが多いそうで、操作に必要な数のキーがあれば良い、ということらしい。段々興味が湧いてきたものの、国内のECサイトで検索をしてみても、その時点では正規輸入代理店のようなものはないらしく、いざ買おうとしてもどうやって買えばよいのかよく分からなかった。私はそれを断る理由にして、まだ国内に入ってきていない製品だから、面白そうな製品ではあるけども買うことはできない、と息子に伝えた。
しかし息子は諦めなかった。数日後に、同社の公式サイトが運営するEC(Electronic Commerce)上で購入する方法を紹介している日本語で記載されたWEBページを探し出し、私に見せに来た。私は本人の熱意に負け、製品代金は彼の貯金箱から払い、送料は私が負担することで、オランダの公式サイトから購入することを決めたのだった。
公式サイトでアカウントを作成し、オーダーした翌日にはFedExから配送状況を知らせるメールが届き始め、オーダー日から10日間ほど経った頃、無事に手元に製品が届いた。息子の歓喜ぶりは凄まじく、一連の購入体験を通じて、オランダの発送元住所をグーグルマップで見てみたり、成田市に荷物が到着したというFedExの配送状況通知メールに興奮したりと、世界を身近に感じる体験としても良い買い物体験だったと感じている。また、公式サイトでアカウントを作成した折には、同社から、「Welcome to the team!」というタイトルのメールが届き、コミュニティへの参加を促す内容(ゲームユーザーが多く利用していると言われるSNS “discord”内にあるコミュニティ)や、YouTubeやX(エックス)へのコメント投稿をしてくれたら、それを見に行くというメッセージが記載されており、ユーザーとの関係性構築に積極的である姿勢をうかがい知ることができた。
このエピソードを振り返って、以下の3つのことが経験を通じて見えてきた。
①(子どもにどこまで情報端末を操作させるかという点もよく考慮すべきだが)YouTube等で、全世界向けに発信される情報を興味のままに掘り下げていくと、ニッチな分野の話題についてもアクセスすることができ、ユーザー側は(動画媒体で深く掘り下げ得る領域の場合は特に)知識を深め、関心を強めることができること。
②上記のようにして育て上げられた興味の先に、今回のような“製品“がある場合、海を隔てた遠い国からであっても直接公式サイトへアクセスし、実際に購入し得ること。
③製品メーカー側は、アカウントを作成したユーザーと継続的にコンタクトを取り続けることで、継続購入を促したり、関係性を維持したり、新たな商品開発に向けたフィードバックを得られること。
今回の“3つボタンのキーボード”の一連の購入体験を通じて、D2C(Direct to Consumer)と称されるビジネスモデルのことが思い起こされた。『D2C「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(※2)によれば、D2Cのビジネスモデルの定義は、「新しい消費者の価値観を持つミレニアル世代以下のターゲットに対し、ユニークな世界観を下敷きにしたプロダクトとカスタマーエクスペリエンス、SNSや店舗を通じた顧客とのダイレクトな対話、垂直統合したサプライチェーンを武器に、VC(Venture Capital)から資金調達を行い、短期間に急成長を目指すデジタル&データドリブンなライフスタイルブランド」とされている。同書によると、D2Cブランドと伝統的なブランドの間にはいくつかの違いがあるようだ。
特にD2Cブランドの特徴としては、出発点は「デジタルネイティブ」であり、チャネルは「直接販売、直接コミュニケーション」、顧客の位置づけは「コミュニティであり仲間」であるとのことだ(伝統的なブランドにおいては、出発点は「メーカーとして誕生」、チャネルは「小売経由で間接販売、広告代理店経由で間接コミュニケーション」、顧客の位置づけは「お客様」)。これらを通じて「「売る」から「一緒に作る」」を実現していることであろう。今回、息子の無邪気な情熱により、はからずもこれらのことを実感できたことは大きな収穫であった。同社は、今回話題に挙げた製品の他にも、海外で人気のゲーミングキーボード等を作っているそうなので、今後も息子とともに注目していきたいと思う。
結びに、息子においては毎年興味の対象が少しずつ変化していくことは好ましいものとして捉えたいが、興味を持つ製品の高額化だけは何としても避けてほしい、と心密かに願っている。
※1 ウーティング社ホームページ https://wooting.io/ja
※2 佐々木康裕(2020)『D2C「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(ニュースピックス)