アンドロイドはバーチャルな恋人の夢を見るか?
ハリソン・フォードが主演し1982年に公開された映画『ブレードランナー』は、2019年のロサンゼルスが舞台となったSF映画であり、1968年に書かれたフィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としている。※1
感情移入という‘人間らしさ’をテーマに、未だアンドロイド・ロボットが空想の世界にしか存在しなかった当時に、その存在を通して‘人間らしさ’とは何かを問うた名作であるが、アンドロイドという技術が現実味を帯びてきた現代において、改めて注目すべき作品である。
ディックの描いたアンドロイドは、人間の脳を遺伝子工学や生物学的なアプローチで実現しているが、今改めてアンドロイドが脚光を浴びている原因は、人工知能と無線通信技術などの進歩によって、アンドロイドの頭脳が現実味を帯びてきたことによる。
訳者のあとがきで、ディックのコメントとして‘人間らしさ’について「あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、私にとっては我々を岩や木切れや金属から区別しているものであり、・・・」という文章が紹介されている。これを改めて読み返すと、既にダイバーシティーに対する重要な示唆もあるようにすら感じる。
アンドロイド・ロボットの第一人者として著名な大阪大学の石黒浩教授は、マツコロイドというタレントに似せてつくったアンドロイドや、自らの姿に似せたアンドロイドをつくり、話題の人となっている。石黒氏の最新作は子供型アンドロイド“ibuki”君で、 IEEE(米国電気電子学会)のニュースサイトで最新の動画が紹介されているので是非ご覧いただきたい。石黒氏もアンドロイドを通じて‘人間とは何か’を追求する一人である。※2
有名なロールプレイングゲームでキャラクターを動かす人工知能をプログラムしてきたことで有名な三宅陽一郎氏は、著書「人工知能のための哲学塾」のなかで、「人工知能を作る事は哲学の足場を作ること」とコメントし、人工知能をつくる作業が実は‘知能とは何か’という問いへの答えを探すことであると述べている。※3
さらに注目したいのは、人工知能が人間らしさを獲得するためには、身体感覚や運動感覚が必要であるという主張である。体を持つことによって生じる様々な不都合を人工知能が自覚したとき、より人間に近づくということらしいが、哲学に不案内な私にも納得のできる説である。
三宅氏は講演のなかで、本当に人間に近い人工知能が実現すれば、それはメンタル不調にさえなるはずであると語っていた。そのとき、メンタル不調のメカニズムや因果関係が解明され、病気の治療に応用できると期待できるそうだ。
一方、ICTコンサルティング企業のガートナージャパンによれば、市場に新しく登場したテクノロジーがまず過熱気味にもてはやされ、熱狂が覚める時期を経てから、市場が確立し、市場分野における意義や役割が理解されるようになるまでには、ハイプ・サイクルと呼ばれる経過を辿るという。同社の2017年版「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル」によれば、人工知能は今が「過度な期待のピーク期」であり、このあと数年の幻滅期を経て、社会の主流技術となるまでには10年以上かかるようである。※4
したがって、アンドロイドが身近な存在となり、ブレードランナーの世界が実現するには10年の猶予があると言えそうだが、その時までに‘人間とは何か’という問いへの答えが必要とすれば、もう時間は足らないかもしれない。
ブレードランナーは、2017年にライアン・ゴズリング主演の続編「ブレードランナー 2049」が製作されている。私は未だこの作品を観ていないが、続編では主人公が家庭用人工知能を恋人として暮らしているそうである。
出所 ※1「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップ・K・ディック著
朝倉久志訳(早川書房2012年発行電子版)
※2 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻 知能ロボット学研究室
http://www.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/
※3「人工知能のための哲学塾」三宅陽一郎著 (ビー・エヌ・エヌ新社)
※4 ガートナー ジャパン株式会社 https://www.gartner.co.jp/