インバウンド最前線で変容する地域~白馬村を事例に~

2025年3月7日 / 研究員 竹下 和希

 近年、長野県白馬村は訪日外国人旅行客(いわゆる“インバウンド”。以下同)の急増で注目を集めている。2023年度冬季(11~3月)の観光客数は約113万人と過去20年で最高となり、とくにスキー客に占める外国人の割合は5割に達するという(*1)。

 観光客の増加は、地域経済の活性化や雇用創出に多大な効果を与えている。外資系ホテルチェーンや大手デベロッパーなど多くの企業が投資を表明しているほか、地元タクシー会社では手取り月収が150万円を超えるドライバーが現れる(*2)など、景気の良い報道が続く。筆者の知り合いに白馬村近隣でオーダーメード家具を製作している職人がいるが、外国人オーナーによるコテージの建設ラッシュがあり、徹夜作業をする日もあるそうだ。スキー場近くのコンビニは、朝は出勤前の職人、夜は夕食難民の観光客でごった返している。こうした盛り上がりもあって、地価上昇率が全国トップクラスの30%超となる地点もみられる(*3)。
 一方、インバウンド急増によるオーバーツーリズム等の弊害も聞かれるようになった。路上へのごみの放置や深夜の騒音、公共の場での飲酒などの話を聞く。筆者も昨年末に白馬駅を訪問した際、トイレや待合室に放置されているごみの量を見て深刻さを実感した。また、民宿では客室の汚し方がひどく、数日間使えなくなったという事例もあるようだ。こうしたマナー違反の問題が放置されれば、地域社会との摩擦を引き起こし、いずれ大きな分断につながりかねない。

 白馬村ではインバウンドの増加と連動して、彼らを商売相手とする外国人事業者や、そこで働く外国人住民が増加していることを忘れてはならない。吉沢(2022)(*4)によると、最初期に白馬村へ参入した外国人事業者は日本語能力が高く、地元の事業者やコミュニティーと連携して事業展開をしていた。しかし、その後に追随した外国人事業者は日本語能力が低い傾向にあり、顧客や取引先も外国人だけを想定しているため、地域との連携関係が希薄化するとも指摘されている。その結果、地元の事業者やコミュニティーと意識のずれが生じ、問題が深刻化するケースがあるようだ。
 地域コミュニティーにおいては、外国人住民の割合が夏季は6.4%、冬季は18.6%まで上昇する中、彼らとの関わりにおいて模索が続いている(図)。村内のある和太鼓チームは、地域イベント等で外国人と交流がある一方、打ち手のメンバーは日本人のみの構成となっている。地域の日本人の減少によるメンバー不足に強い危機感を抱きつつも、外国人メンバーの募集は想定していないとのことだった。多様化する住民同士の距離感について、現地ではさまざまな葛藤があるように思える。

 インバウンドの急増と、それによる外国人事業者・外国人住民の増加という現象は、程度の大小こそあれ白馬村以外の日本各地でも起こりうる可能性がある(すでに起きているかもしれない)。白馬村で起きているドラスティックな社会変容は、今後、それぞれの地域がインバウンドとどのように向き合っていくのかを検討するうえで重要なケーススタディーの対象となると考えられる。引き続き、日本各地のインバウンド関連の動向に注目していきたい。

      図 白馬村住民における外国人割合の推移

     

     (出所)長野県「毎月人口異動調査」より作成

参考資料
(*1)日本経済新聞「長野・白馬村、今冬の観光客113万人 過去20年で最多」2024年3月19日掲載
(*2)フジテレビ「めざまし8」2025年2月13日放送
(*3)国土交通省「令和6年都道府県地価調査」
(*4)吉沢 直「 長野県白馬村のスキーリゾートにおけるホスト化した外国人の役割──リゾート発展プロセスにおけるアクターの変遷に着目して─」 地理学評論 2022年95 巻1号