モディ政権とインド経済

2024年6月12日 / 主席研究員 丸山 秀樹

 今月4日に開票されたインド総選挙で、与党のインド人民党(BJP)は大幅に議席数を減らした。しかし、BJPを中心とする与党連合は、強力なリーダーシップを発揮してインド経済を牽引するモディ首相のもと過半数の議席は確保し、野党第一党の国民会議派を中心とする野党連合に辛勝した。これに伴い同月9日、首都ニューデリーでモディ首相の就任式が行われ、3期目の政権運営(Modi3.0)に向けてスタートした。
 国連によると、昨年の4月末までにインドの総人口は14億人を超え、中国を抜いて世界一になったと推計されている。また、今年4月時点における国際通貨基金(IMF)の試算によると、2025年にインドの名目GDPが日本を超えて世界第4位(4兆3398億ドル)になる見込みだという。こうした大国の元首であるナレンドラ・モディ氏の人物像と、今後のインド経済の見通しなどについて概観したい。
 1950年、モディ氏はインド西部の北グジャラート(現グジャラート州)で貧しい家庭に生まれ育ち、若くしてBJPの支持基盤となっていた民族義勇団(RSS)*1に参加。社会奉仕活動などをしながら1987年にグジャラート州議会議員となり、政治家としての第一歩を踏み出した。2001年には同州首相に就任。アジア最大規模の太陽光発電の導入をはじめとするインフラ整備や、経済特区での外資導入(グジャラートモデル)などにより同州経済の発展に貢献した。インドで最も高い経済成長を遂げてきた地域がグジャラート州であり、3期に及んで州首相を務めたモディ氏はその立役者とされる。一方で、RSS出身のモディ氏には、ヒンドゥー至上主義と反イスラム主義的な言動も目立っていたという。
 そして2014年5月、BJPが総選挙で勝利したことにより、第18代の国家首相に就任。以来、モディ政権は2025年までにインドを5兆ドル規模の経済大国にしたいと公言して世界から注目され、その公約はおおむね実現されようとしている。この間、インドへの海外直接投資(FDI)は6000億ドル近くの流入となり、10年で倍以上に増えている。2021 年には中国を抜き、アジア太平洋地域で最も多くの FDI プロジェクト数を有する投資先国となった。また、2000年以降(1999年末比)から2023年末現在までの間で、先進国株式市場や新興国株式市場全体のパフォーマンスは2倍強であったのに対して、インド株式市場では約15倍にまで達した。
 モディ政権による主な経済政策としては、インフラの整備を中心とした公共投資が活発であり、第1期政権時から続く「メイク・イン・インディア」が挙げられる。政策の効果発揮はまだ道半ばの状況にあるが、公約として来年度には過去最大規模となる1330億ドルのインフラ投資を新たに実行するとしている。これにより、世界的に中国一極集中リスクが意識される中、「チャイナ・プラスワン」として製造拠点をインドに設ける動きを加速させたい意向だ。国内における製造業の拡大によって雇用機会を創出することで、地方の豊富な労働力の受け皿となり得る。国内の生産基盤を強化して、輸入依存度を下げることは物価の安定にも寄与し、輸出増加で外貨も獲得できるようになる。そうした好循環を生みだすことは、インドの潜在成長率の底上げにつながるだろう。とくに産業の裾野が広い自動車産業は、これまでメイク・イン・インディアの中核として育成されてきた。インドは今や世界有数の自動車輸出国になっており、国内の自動車販売台数でも日本を抜き、中国、アメリカに次いで世界3位になっている。
 また、「デジタル・インディア」と称する政策も第1期政権時から継続されている。インドをデジタル化によって強化された知識経済社会に変革するという内容であり、具体的には以下の3分野にフォーカスしている*2。
 ①すべての国民に対するデジタルインフラの提供
  高速インターネットの整備、デジタルインフラを通じた身分証明、移動電話及び銀行口座等の電子化。
 ②行政サービスのオン・デマンド化
  オンライン及びモバイルを活用したリアルタイム行政情報提供、金融サービスの電子化およびキャッシュレス化。
 ③デジタル化による国民のエンパワーメント化
  リテラシーの強化、行政文書等のクラウド化。
 とくに2022年度は、インドのテクノロジー産業が目覚ましく成長した年であり、同産業の成長率は過去最高の前年比15.5%を記録。関連産業就業者数も500万人を突破した。GDPに占めるデジタルの割合は30%強。これによりグローバルソーシング市場においては6割程度のシェアを占め、デジタル人材大国としてインドは確固たる地位を築いている。
 これらの政策に加えて、インドが高い経済成長を果たすと予想される背景として、人口ボーナス*3によるところも大きい。国連の試算によると、インドでは 2050 年頃まで生産年齢人口が増加するとされており、若年層人口の厚みによる経済的メリットを受けやすい。
 他方、グローバル・サウスの盟主を自認するモディ政権は、経済政策だけでなく外交・安全保障面においても、戦略的自律外交*4によって全方位的に絶妙のバランス感覚を発揮している。複雑化する国際情勢のもとで、G7とロシアの間での漁夫の利を目指す外交を展開するとともに、2023 年初めには「グローバル・サウスの声サミット」を主催した。さらに同年9月、ニューデリーで開催されたG20では議長国としてウクライナ問題をはじめとするさまざまな国際問題の調整に努め、首脳会合では採択が危ぶまれた首脳宣言を取りまとめた。西側諸国は、インドが中国リスクの分散の観点から地政学的に非常に重要という見解で一致しており、こうしたインドの立ち位置を理解してモディ政権との対話を繰り返してきた日本を含めて、モディ首相の続投は安心材料となろう。
 しかし、とくに国内問題については政策課題も少なくない。国民の多くが暮らす農村部の生活は依然として貧しく、物価高対策や若者の高失業率対策なども大きな課題として挙げられ、こうした点で実効性のある施策を打ち出せるかが注目される。また、インド憲法はすべての宗教を平等に扱う「世俗国家」を掲げるが、BJP内にはこれを削除すべきだと公言する幹部がおり、今回の選挙戦ではモディ首相自身がイスラム教徒を「侵入者」と呼称して論議を招く場面もあった。ヒンドゥー教至上主義がさらに表面化するならば、イスラム教徒などマイノリティとの衝突激化*5も懸念材料として挙げられる。
 大国インドの今後の発展によって、日本にとっても経済分野だけでなく安全保障分野などで、多大な影響が及ぶと考えられる。政府間で友好的関係を深めることはもちろんのこと、日印貿易の振興やFDIなどで民間が果たすべき役割は重要性が増すばかりであろう。

*1:民族義勇団(RSS)
英語ではRastriya Swayamsevak Sangh(ラストリヤ・スワヤムセヴァク・サン)と表記される。ヒンドゥー教とイスラム教の両教徒の融和と非暴力主義を唱えていたインドの国父、ガンジーを暗殺したナトラム・ゴドセを輩出したヒンドゥー教至上主義の極右団体。

*2:引用
情報通信白書平成28年版「第11節 海外の政策動向」(総務省)p417

*3:人口ボーナス
「生産年齢人口」の割合が上昇し、かつ、「生産年齢人口」が「非生産年齢人口(15歳未満及び65歳以上)」の2倍以上となる期間を「人口ボーナス期」と呼び、その間は高い経済成長が見込めるといわれる。

*4:戦略的自立外交
非同盟全方位外交、あるいはバランス外交ともいわれ、東西両陣営いずれにも属さず、資本主義の欧米諸国と協調する一方、同時に社会主義圏のロシアや中国、グローバル・サウスなどとも関係性を保って自国にとっての実利を追求する。

*5:インドのイスラム教徒
2014年の時点でインドのイスラム教徒は1.8億人を超えているとされ、ヒンドゥー教徒に次ぐ勢力を有している。しかし、インド人の約8割を占めるヒンドゥー教徒に対し、イスラム教徒は約13%ほどであり少数派ともいえる。近年はイスラム主義組織の活動が活発化しておりテロ事件が発生する一方、宗教対立によるイスラム教徒への迫害的行為なども起きている。