中国人富裕層の日本移住の現状と今後
中国人富裕層の海外移住の動きが加速している。2023年1月に中国政府が新型コロナウイルスに伴う渡航制限を解除したことがきっかけだ。投資移住コンサルティング会社Henley & Partnersによると、100万ドル(1億5800万円、1ドル=158円、2024年6月20日時点)超の投資可能な資産を保有する中国人富裕層のうち、2023年には13,800人が海外移住を果たした。2024年はさらに前年比10%増の15,200 人の流出が見込まれており、過去最多に達する見込みだ(注1)。
■移住先選択における日本の位置づけ
世界的な不動産企業ジュワイIQIの買い手の問い合わせ件数に基づくレポートによれば、2023年1~6月で中国人富裕層に人気の不動産購入先TOP5は、オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカ、タイだったが、日本もマレーシアに継ぐ7位となっている(図1)(注2)。中国のEC最大手アリババの創業者ジャック・マー氏や京東集団(JD.com)の創業者リチャード・リウが日本で住居を構えていることからも、日本の人気がうかがえる。
【図表1】Top 10 Places Chinese Are Buying Homes Overseas
■日本への移住における「経営・管理」ビザの現状
中国人富裕層が日本に移住する際には、高度人材(注3)の枠組みのほか、「経営・管理」ビザを活用するケースが多い(注4)。「経営・管理」ビザは、2015年に「投資・経営」ビザが法改正されてできた在留資格で、外国人が日本で事業を起こし、経営や管理に従事する場合に発給される在留資格だ。その取得には、次の要件を満たすことが求められる(2024年6月時点)。
・独立した事業所が日本国内で確保されている
・500万円以上の出資、もしくは日本に居住する常勤職員を2名以上雇用すること
・事業の適正性・安定性・継続性を示せること
「経営・管理ビザ」は、申請者の年齢、言語、学歴および保有資産などの制限がなく、投資コストも低い。取得できれば、申請者だけではなく、その家族(配偶者、子供)も日本で「家族滞在」として滞在でき、医療、教育などの面で日本国民と同等の福利厚生を享受できる。また、滞在年数などの条件を満たせば、永住資格も取得しやすい。
出入国在留管理局の「在留外国人統計」によると、「経営・管理」ビザを取得した中国人は2022年6月時点では14,615人だったが、 2023年6月時点では17,862人に急増している(図2)。
【図表2】中国籍の「経営・管理」ビザ保有者数および前年比推移
出所:出入国在留管理局「在留外国人統計」、各年6月時点データ
■今までの移住者と異なる特徴
従来の在日中国人は、日本への留学などを経て、日本の企業に就職したり、事業を起こしたりして、コツコツ努力を重ねて日本での生活基盤を築いてきた人が多い。不自由なく日本語が話せて、さらに日本の文化、慣習も理解しており、日本社会に溶け込んでいる。永住資格を取得して、日本に根を下ろしている人が多い。
一方、ここ1~2年で日本に移住してきた富裕層は、すでに中国で成功した人々だ。中国人移住者の事情に詳しい「サポート行政書士法人」主任コンサルタントの王云(おう・うん)氏によると、「上海や北京といった大都市に住む、30代後半〜50歳ぐらいの人がいちばん多いイメージ」だという(注5)。彼らはもともと日本にあまり関心がなく、日本語をほとんど話せない。そのため、移住してからも、同じ富裕層の移住者同士でつながる傾向が強く、自ら日本社会に溶け込もうとする意識が弱い。また、溶け込みたくても言葉の問題をはじめとして、そのハードルが高い。
■今後に向けて
日本政府は、外国人の起業を増やすために、「経営・管理」ビザの取得要件を緩和する方向で動いている。2024年3月に「経営・管理」ビザのガイドラインが改定され、資本金の基準として有償型の新株予約権(J-KISS型)(注6)の払込金を計上することが認められるようになった。また、2024年度に独立した事業所の確保及び500万円以上の出資金の要件の緩和、在留期間の延長が予定されている。これらの緩和に伴って、日本に移住してくる中国人富裕層がさらに増える可能性が高い。
中国人富裕層は、その高い経済力をもって、日本の不動産市場の高騰化をけん引したり、ホテルや温泉旅館の買収ブームを引き起こすなど、インパクトの大きい存在といえる。今後、外国人との共生社会の実現のためにも、彼らが日本社会に溶け込めるようなサポート体制や、彼らの能力を存分に発揮できるような環境の整備が望まれる。
注1:「The Henley Private Wealth Migration Report 2024」(Henley&Partners)
(https://www.henleyglobal.com/publications/henley-private-wealth-migration-report-2024)
注2:中国富裕層に人気の不動産購入先、オーストラリア首位-移住も継続へ(Bloomberg)
(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-07-19/RY1G78DWX2PS01)
注3:高度人材とは、専門的な技術力や知識を有する外国籍人材のこと。その中でも、人手不足が深刻化する中、
海外から優秀な人材の受け入れを促進するために、「学歴」「職歴」「年収」「年齢」「その他ボーナス」の観点
から点数化し、70ポイントに達した外国籍人材は「高度専門職」のビザを取得することが可能
注4:「じつはいま「日本への移住を望む中国人」が激増している…その「驚きの実態」(現代ビジネス)
(https://gendai.media/articles/-/120209?page=3)
注5:「中国から日本へ大脱出する「新富裕層」驚きの生態」(東洋経済 ONLINE)
(https://toyokeizai.net/articles/-/696567?page=3)
注6:有償型の新株予約権(J-KISS型)とは、スタートアップ企業が投資家から資金を調達する際に利用される
手法で、株式を直接発行する代わりに、将来株式に転換される権利(新株予約権)を有償で提供する。これに
より、スタートアップ企業は厳格な企業価値評価をした上での普通株や優先株といった具体的な株式を直接発
行することなく、新株予約権の発行時に資金を調達することができる