健康のパーソナライズ化
私たちは、日々の生活の中でさまざまな情報やサービスに触れている。しかしニーズが多様化する昨今、その多くは必要なものとは限らず、私たちは自分に合った情報やサービスを求め、それらを提供することのできる事業者に関心や信頼を寄せている。このことを背景に重要性を高めているのが「パーソナライズ化」だ。
パーソナライズ化とは、個々人の好みやニーズ、状況などに応じて、最適な情報やサービスを提供することである。代表的な例として、ECサイト大手のAmazonによる自社サイト内や外部のブログ等におすすめの商品を表示するレコメンデーションの取り組みが挙げられる。パーソナライズ化は顧客満足度やロイヤルティの向上、成約率や売上の増加など事業者側にも多くのメリットをもたらすが、その実現には利用者のデータを収集・分析し、適切なタイミングや方法で働きかけるための技術を要する。
近年のAIやIoTなどの技術の進展・普及によって、よりきめ細やかなパーソナライズ化が可能となった。その分野のひとつが、健康の領域だ。健康は人々の生活に密接に関わるテーマである。そして個人差も大きいテーマでもある。そのため、パーソナライズ化によって、より効果的で快適なサービスを受けられる可能性が高い分野といえる。
従来も医療分野ではカルテをもとに個々人にフォーカスしたケアを施すことで健康に寄与してきた。近年では未然に病気にならない対策をとる予防医療の需要が高まっていることから、普段の健康状態のモニタリングや解析を通じた生活行動・生活習慣の改善を図るヘルスケア関連サービスの市場規模が年々拡大している*1。
その事例として、毎日の食事や運動、睡眠などを記録したデータをもとにパーソナルAIコーチがリアルタイムにアドバイスするアプリ*2や、ウェアラブル端末で歩数や睡眠時間などを記録し、ポイントやキャッシュバックなどのインセンティブを与える保険サービス*3などが挙げられる。これらはAIやIoTなどの技術を活用し、個人の健康状態や生活習慣に応じて最適な情報やサービスを提供している。
こうしたサービスは利用者から個人情報を提供してもらうことが前提となっているが、健康・医療・福祉のためのデータ提供については利用者が抵抗感を持ちにくく*4、パーソナライズ化されたサービスの利用の足掛かりとなりやすい。また、個人情報の提供と引き換えに、割引やポイントなどの特典を受けられるなどの施策も、利用促進につながっている。
しかしながら課題もある。たとえば個人情報の保護やセキュリティの確保は、パーソナライズ化において重要な要素である。収集・分析したデータが漏えいしたり、悪用されたりすることがないよう管理する必要がある。加えて、利用者のプライバシーを尊重し、過度な干渉や押し付けを避けることも大切だろう。
また、AIを用いた分析に資するデータをいかに収集するかも課題のひとつだ。昨今の生成AIの隆盛にはインターネット上の膨大な文章データや画像データが寄与しているが、健康や食の領域におけるデータは少なく、一層の信頼性も求められる。生体データや環境データの計測、唾液や尿などの採取など、健康に関連するデータを日常的に負担感なく集めるための仕組みや、それを継続的に利用してもらうためのインセンティブが重要となる。
健康の領域においてパーソナライズ化はまだ多くの可能性を秘めており、今後、日々の生活をより快適で充実したものに変えていくかもしれない。個人情報の管理や提供に際して注意は払いつつ、上手にサービスを利用してみてはいかがだろうか。
かくいう私も先日、スマートフォンに「ポケモンスリープ」をインストールしてみたところだ。睡眠にゲーミフィケーション(ゲーム要素の応用)を取り入れたアプリで、自らの睡眠状態を計測・記録しながら、それに応じたポケモンの寝顔を図鑑に集めていくことができる。思っていたよりも睡眠の質が低く、それに合わせてポケモンたちも疲れた表情をしているのが申し訳なくなるが、継続してその効果を確かめてみたいと思っている。
*1 市場調査レポート: ペイシェントセントリック(患者中心)ヘルスケアアプリ市場 https://www.gii.co.jp/report/imarc1225274-patient-centric-healthcare-app-market-global.html
*2 カロママ プラス https://calomama.com
*3 健康増進型保険「Vitality」| 住友生命 https://vitality.sumitomolife.co.jp/about/insurance
*4 パーソナルデータの活用に関する一般消費者の意識調査 | NTTデータ経営研究所 https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/ncom-survay/220113