潜在成長率からみた日本経済

2024年10月2日 / 主任研究員 小松原 隆

 「失われた20年」、「失われた30年」と表現されるなど、日本のマクロ経済は長期に渡り低迷してきた。米国等の先進国の経済が成長する中、日本経済のみ停滞が続いている。
 本稿では、日本経済全体の成長力を示す「潜在成長率」のデータをもとに、供給面から見た日本経済の低迷要因、および今後持続的な経済成長を実現していくための方向性について整理を行った。
 
 
〇潜在成長率とは
 「潜在成長率」とは、経済に関する過去のトレンドからみて、平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP(=潜在GDP)の成長率のことであり、「供給(=生産)面からGDPをみた中長期的な経済全体のポテンシャル、成長力」を表すものである(注1)(注2)。
 潜在成長率の推計においては、生産活動に投入する要素を、1)生産設備等への投資に対応する「資本投入量」、2)就業者数や労働時間が対応する「労働投入量」、3)技術進歩に対応する「全要素生産性(Total Factor Productivity: TFP)」の3つに分類した上で推計を行う「成長会計アプローチ」が一般的な手法である。
 日本経済の潜在成長率についてはいくつかの推計が行われているが、以下では、内閣府による最新の推計結果を用いながら、考察を進めていく。
 
 
〇潜在成長率からみた日本経済
 内閣府推計によると、日本の潜在成長率は長期に渡り低下傾向となっており、「日本経済の実力」の低迷が長く続いていることを示す内容となっている(「図 潜在成長率の推移」参照)。
 1980年代は4%台で推移も、1990年代以降は急速に低下し、2000年代前半には1%前後となり、リーマンショックの影響を受けた2008年、2009年には0.1%まで低下した。その後は一時期持ち直しの動きがあったが、直近3年(2021~2023年)は0.3~0.4%で推移している。なお、2004年以降潜在成長率が1%を上回った年は皆無となっており、潜在成長率の低迷が長く続いていることが確認できる。
 

      【図】潜在成長率の推移
 
    

 
     (出典)内閣府公表データをもとに東急総合研究所にて作成。
 
 
〇潜在成長率に対する寄与度に関する中長期的な傾向
 資本投入量、労働投入量の寄与度は、ともに中長期的に低下傾向となっている。特に、直近においては、資本投入量の寄与度はゼロ%近傍まで低下、労働投入量の寄与度もマイナスとなっており、両要素とも経済成長に寄与できていない状態となっている。
 全要素生産性の寄与度については、1980年代は1%台後半で推移も、それ以降はおおむね低下傾向が続いている。特に、直近は1%を割り込む水準となっており、低迷が著しい状況にある。
 総括すると、資本投入量、労働投入、全要素生産性の3要素すべての停滞が、潜在成長率の低迷をもたらしていると考えられる(「図 潜在成長率 要素別寄与度」参照)。
 

      【図】潜在成長率 要素別寄与度(上図:寄与度、下図:要素別寄与度の推移)
 
    
    
 
     (出典)内閣府公表データをもとに東急総合研究所にて作成。
 
 
〇潜在成長率の向上、経済成長を実現するために
 内閣府『経済財政白書』令和4年度版(2022年)においても指摘されているが、日本経済の低迷理由、日本経済が成長できない理由としては、主に、1)設備投資の停滞(=資本投入量の不足)、2)少子高齢化等に伴う人手不足(=労働投入量不足)、3)技術進歩の停滞(=TFP成長の停滞)の3つが挙げられる。これらは、前述の潜在成長率の寄与度要因分析結果に対応している。

 女性、高齢者、外国人の労働参加率引き上げ等が労働投入寄与度のプラス要因となる可能性はあるものの、少子高齢化により人口減少が進む日本では、労働投入量の経済成長への寄与度は低下していく見通しである。その中で潜在成長率の向上を図るには、技術進歩に対応する全要素生産性の向上、設備投資等を通じた資本投入量の増加が軸とならざるをえない。

 今後、経済成長を実現していくための方向性としては、研究開発の強化、AI・ロボティクス等の新しい技術の利活用を通じた「技術進歩・イノベーションの実現」に対する取組み、業務効率化等を目的とするソフトウエア投資を含む「設備投資の活性化」等に対して、産学官が連携しながら注力していくことが重要であろう。
 
 
注1)報道等でよく取り上げられる国内総生産(GDP)は、個人消費や企業の設備投資といった「需要サイド」から見た指標である。他方、潜在GDPは、設備等の資本、労働力、生産性の「供給サイド」の3つの投入要素から算定される指標である。両指標は異なる内容のものであり、必ずしも数値が一致するわけではない(実質GDPは景気変動に伴い変化するため、潜在GDPと必ずしも一致するとは限らない)。

注2)潜在GDP、潜在成長率は実際に測定できない推計値であり、推計条件、推計方法の違いにより推計結果が変わる点については留意が必要である。
 
 
〇参考文献
内閣府 『GDPギャップ、潜在成長率(令和6年9月17日更新)』(2024年)
https://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/2422gap.xlsx,    2024年9月18日確認。
内閣府 『令和4年度 経済財政白書 ―人への投資を原動力とする成長と分配の好循環実現へ―』(2022年) 100-105ページ
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/pdf/all_01.pdf,    2024年9月27日確認。