コロナ禍において、外出機会が減少したことで運動不足気味になり、自分自身の健康を意識することが増えたように思う。2022年7月に実施した明治安田生命の調査によると、コロナ禍において健康意識が高まった人は、前年に比べて増加（40.1％→43.9％）しているという。健康のために、ランニング、ウォーキング、スポーツをするなど体を動かすことだけでなく、食生活の見直しを検討した方も多いのではないだろうか？

　そのような中で、注目を集めているのが「完全栄養食」である。完全栄養食は厚生労働省が策定した日本人の食事摂取基準に基づき、必要な栄養素を過不足なく摂取できることを目標に開発された食品のことを指す。必要な栄養素とは、図１にあるように、たんぱく質、食物繊維など33種類のことをいう。

　図1. 日本人の食事摂取基準で設定されている33項目の栄養素

　（出所）日清食品　ホームページ

　完全栄養食の歴史をひもとくと、2014年に米国のソイレントが発売したことがはじめといわれる。当初は粉末（パウダー）を水など液体で溶かして飲む商品が多かったが、最近ではパンやめん類など主食の代わりとなる商品が増えてきた。

　完全栄養食を専業で製造・販売しているのが、2022年11月に東証グロース市場へ上場したベースフードだ。パンやパスタを中心とした完全栄養食を自社ECのサブスクリプションサービスやコンビニ等で展開している。2022年8月時点では、サブスクリプション会員は13.8万人で、93.2％という高い継続率を誇っている。主力製品のBASE BREAD（パン）は1食あたり500円前後で、パンとしては高めの価格設定だ。しかし栄養バランスの優れたものを、手軽に時間をかけずに食べられることが、仕事で忙しい20代～40代を中心としたビジネスパーソンに受けているという。

　図2. ベースフードのBASE BREAD（左）とBASE PASTA（右）

　　
　
　（出所）ベースフード　ホームページ

　もちろん、スタートアップ企業だけでなく、大手食品メーカーも完全食に強い関心を示している。日清食品は新規事業として「完全メシ」というシリーズ名で即席めん、カレー等を展開している。油そばという高カロリー低栄養食品なのに、完全栄養食という発想は面白く、完全メシシリーズの売れ行きは好調で、発売以降4ヵ月で400万食突破という。当初は自社ECのみの販売であったが、コンビニにも販路を拡げている。日清食品は、既に300メニューを開発中、将来的には500メニューに増やすことも検討されており、完全栄養食を成長分野としてとらえている。

　図３．日清食品の完全メシ

　（出所）日清食品ホームページ

　企業側の思惑の一方で、消費者の反応はどうだろうか。マイボイスコムが2022年8月に実施した調査によると、完全栄養食の認知率は57.6％、利用経験は5.9％。完全栄養食についての考え方は、「手軽」「栄養バランスについて考えなくてよいので楽」「合理的」「必要な栄養をとれるという点で安心」という意見が多いようだ。完全栄養食の特長は、短時間で必要な栄養が取れることであり、最近話題となっているタイパ（タイムパフォーマンス）ニーズに合う優れた商品設計になっているといえよう。もちろん、消費者調査の結果にみられるように、消費者認知度はやや高いものの、利用経験はまだまだというところが現状といえるだろう。
それでは、完全栄養食の利用はどのくらい増えるのだろうか。日本能率協会総合研究所の推計によると、日本国内の完全栄養食市場は右肩上がりで拡大を続け、2024年には145億円の市場規模になるという。今後さらに、スタートアップ企業から大手企業までさまざまな企業が参入をしてくることで、完全栄養食のメニューラインアップの追加や品質の向上が予想される。より手軽に、よりおいしく、より健康につながるのであれば、完全栄養食は私たちの食生活を変えるイノベーションともいえるのではないだろうか。

　物は試しにということで、筆者もベースフードのBASE BRED（パン）を食べてみた。完全栄養食という名前から、味はいまひとつなのではと思っていたが、思った以上においしく、必要な栄養素が取れるのであれば、食事の時間が取りづらい時などに利用してみようと思った。一方で、手軽に、短時間に食事が取れてしまうがゆえに一人での食事が増えてしまうのではないかと危惧してしまう。本来、食事はおいしい、楽しいといった充足感、あるいは食事を介しての家族や社会とのつながり等を感じることにより、人生を豊かにしてくれるものである。完全栄養食という食のイノベーションを受け入れつつ、本来の食事の在り方の重要性も併せて意識していきたいものである。

（出所）
・明治安田生命保険「健康に関するアンケート調査」
　https://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2022/pdf/20220905_01.pdf
・日清食品　ホームページ
　https://www.nissin.com/jp/products/series/kanzenmeshi/
・ベースフード　ホームページ
　https://basefood.co.jp/
・マイボイスコム「完全栄養食に関するインターネット調査」
　http://www.myvoice.co.jp/biz/surveys/28906/index.html