AIの進化と民主化:人と機械が共存する未来への道
昨年、『地球外少年少女*1』というオリジナルアニメ作品を鑑賞した。「宇宙」と「AI」をテーマにした物語で、2045年の民間宇宙ステーションが舞台のジュブナイルもの(少年期の冒険を通じた成長物語)なのだが、どこか現実と地続きになっているかのような未来観や、政治、宗教、テクノロジー、人口問題など多くの要素が絡む濃厚なストーリーのとりこになった。そして本作で描かれるAIと人間の関係性は、これから数十年のうちに実際に経験することになりそうなリアリティを伴うものであった。
あれから1年が経つが、そのリアリティが一段と強く感じられるほどに、AIを取り巻く環境は劇的に変化している。想像を大きく上回るアウトプットを提供するAIモデルが、2022年後半にいくつも登場しはじめたのだ。特にジェネレーティブAI(生成AI)と呼ばれる、文章や画像、音声等のデータを生み出すAIの発展、普及の勢いは目覚ましい。
昨年の夏ごろより広く注目されるようになったのが画像生成AIだ。代表的なAIモデルに「Midjourney」「Stable Diffusion」「DALL·E2」があり、テキスト情報から画像を生成する、画像から別のテイストの画像を生成するといった活用が可能である。8月には「Midjourney」により生成された絵が米国の品評会でデジタルアート部門のグランプリを受賞し物議を醸した*2が、それほどに質の高い絵が簡単に生み出せるようになった。
11月末には「DALL·E2」開発元のOpenAIが「ChatGPT」を公開した。テキストベースの大規模なデータを元に文章の生成確率を計算する大規模言語モデルを、人間との会話に合わせてチューニングした「GPT-3.5」系のモデルが使われており、ごく自然な文章生成を実現している。画像生成AIよりも敷居の低い“対話できるAI”はすぐに人々に広く迎えられ、公開から6日間で100万ユーザーを突破した*3。
※本稿のタイトルは、ChatGPTに「(この文章に)面白そうなタイトルを付けてください」というプロンプト(指示文)を与えて得られた回答のひとつだ。
インターネット上には、これらのAIを試す様子やアウトプットが数多く投稿されている。何ができて何ができないかを検証したもの、わざとAIの不得手な点を突こうとしたもの、遊びや雑談感覚で気軽に語りかけてみたもの、純粋な相談相手としてコミュニケーションを図ろうとしたものなど、活用のレベルや動機はさまざまだが、一般ユーザーが気軽にAIを使うようになったといえるだろう。高度なスキルをもつエンジニアだけが活用していたAIの民主化が急速に進み、現在はスキルの有無を問わず誰もがAIに何を問い、何をさせるかを考えることのできる状況にある。
企業における実用化も進んでおり、たとえば以前よりレコメンデーション機能やオリジナル作品の検討にAIを活用してきたNetflixは、背景美術にジェネレーティブAIを活用した短編アニメを制作し、業界の課題である人員不足に一石を投じた*4。なお、世界最大のITアドバイザリーである米ガートナー社は、AIで生成した要素が全体の90%を占める大ヒット映画が2030年までに公開されると予測している*5。
既にこれらの技術を応用したサービスも多数生まれている。Jina AIは、OpenAIの言語モデルと多種類のAIアルゴリズムとを組み合わせ、メリット・デメリットの検討やSWOT分析を自動で行い意思決定を支援するサービス「Rationale*6」を提供している。OpenAIに今後複数年で100億ドルを投資していくとされる*7 Microsoftは、「GPT-4」といわれる言語モデルを組み込んだ検索エンジン「Bing」のベータ版をリリースした。「ChatGPT」とは異なり自らインターネットの検索結果から収集した情報を反映したサマライズや提案等を行うことができる。公開から2日間で100万人が試用のための順番待ちリストに登録する*8ほどの反響があることからも、注目の高まりが感じられる。
「ChatGPT」の強化学習技術リーダーを務めるシェイン・グウ氏は、「生成AIの急成長は単なる一過性のトレンドではなく、今後さらに加速していき、より自律性に富んだ汎用人工知能(AGI)に近づく」と述べており*9、もしそうなれば思いもよらなかったような価値も次々に生まれることだろう。
一方で、ダイヤモンドが加工技法の確立によって広くその価値が認められるようになったように、AIについてもまた、人間を豊かにするポテンシャルを最大限に引き出すような扱い方、接し方を心得る必要があるかもしれない。安宅和人氏は「目の前の現実、この社会にとってインパクトのある問いを生み出すこと、それを解くための意味のある枠組みを整理することは、今後よりいっそう大切になっていく」ことを説いている*10。AIに何をどのように問うのか、人間らしい感性や知識に基づく洞察力を磨き、AIやそれを扱う人間とそれぞれに対話するなかで、考え続けていくことになりそうだ。
冒頭で紹介した『地球外少年少女』でも、そんなAIと人間、そして人間同士の対話が描かれる。対話の先に迎えるAIの行く先や人間の未来はいかなるものか、来たる2045年に思いをはせつつこれからの時代を楽しみたい。
*1 オリジナルアニメ「地球外少年少女」公式サイト
https://chikyugai.com
*2 画像生成AI「Midjourney」の絵が米国の美術品評会で1位に – ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2209/01/news148.html
*3 Sam Altman / Twitter (OpenAI CEO Sam Altman氏のツイート)
https://twitter.com/sama/status/1599668808285028353
*4 Netflix、背景に画像生成AIを使ったショートアニメ公開 – ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2302/03/news141.html
*5 ChatGPTを越えてその先へ:企業におけるジェネレーティブAIの未来 | ガートナー
https://www.gartner.co.jp/ja/articles/beyond-chatgpt-the-future-of-generative-ai-for-enterprises
*6 Rationale – Jina AI
https://rationale.jina.ai
*7 マイクロソフト、ChatGPTのオープンAIに複数年で100億ドル投資 – Bloomberg
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-01-23/ROXZ7KDWX2PT01
*8 Yusuf Mehdi / Twitter(Microsoft副社長 Yusuf Mehdi氏のツイート)
https://twitter.com/yusuf_i_mehdi/status/1623784661041418241
*9 生成AI「ChatGPT」と日本の新たな可能性 – NewsPicks
https://newspicks.com/news/8063086
*10 安宅和人「知性の核心は知覚にある」,
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年5月号(ダイヤモンド社)