Amazonの動向から将来の食品小売市場を大胆予想する

2019年5月16日 / 主席研究員 丸山 秀樹

1.Amazonの食品販売進出
 1995年からサービスを開始した米国Amazon社(正式社名;Amazon.com, Inc.)は、書籍・音楽CD・ビデオDVDなどのネット販売からスタートしたが、今やその取扱商品分野は食品を含む衣食住遊のフルラインに及び、その地位はIT業界の巨人であると同時に、小売業界の巨人でもある。
 そして一昨年8月、米国のグルメスーパーマーケットチェーンである「ホールフーズ・マーケット(約460店舗)」の買収(137億ドル:約1兆5000億円)を完了し、ネットだけでなくリアルでも食品を積極販売する体制を整えている。
 Amazonが食品分野に進出した理由は言うまでもない。誰もが毎日消費する食品は、他の商品分野に比べて市場規模が格段に大きく、購買頻度が高い商品だからこそ、顧客との接点も高頻度に深耕されると期待できるからである。
 ホールフーズ買収後にまず始めたのは、ウェブサイトを通じての同店生鮮品を含む宅配サービスであり、Amazonへのあらゆる注文商品が受け取れる専用ロッカーもホールフーズの店舗に随時設置している。いわゆるオムニチャネル戦略である。そのほか、Amazonの有料会員(プライム会員)が、ホールフーズのリアル店舗で買物をする際には割引特典も付与される。
 しかし、ここまでは業界関係者であれば誰もが予想できた範囲であり、Amazonの狙いはこの程度ではとどまらないであろう。そう考える背景は、Amazonのネット受注から宅配までの物流システムと需要予測システム、並びに無人店舗「Amazon Go」への取り組みにある。

2.Amazonが志向する物流システム、需要予測システム、超省力店舗
 Amazonといえば、注文してから家に商品が届くのが最短1時間というプライム会員向けサービスが画期的だが、将来的にはこれを30分に短縮したいという。30分で届くとなれば顧客の利便性が増すばかりでなく、不在配達なども大幅に減少するだろう。特に食品などは注文後すぐに欲しい商品であり、生鮮食品では鮮度維持という観点からも配達時間短縮が重要な要素である。
 これをどのように実現しようとするのか、鍵となるのは物流システムの無人化と、「いつ・どこの誰から・どんな商品の注文が・何個入るか」といった需要予測システムの超高精度化である。
 ここで、米国のAmazonがネット販売する商品(モノ)の流れをみると、「①商品サプライヤー(生産者、メーカー、出品者など)」⇒「②物流センター(Fulfillment Center)」⇒「③配送デポ」⇒「④ユーザー宅」、という順になっている。
 物流システムの無人化について、現在は上記のうち①⇒②、②⇒③、③⇒④への商品移動過程でトラックが用いられているが、将来は地理的・交通的条件によって自動運転車、自律走行ロボット台車、ドローンなどを使い分ける。
 また、②物流センター内の作業も無人化を目指す動きが活発である。現在でもAmazon Roboticsと呼ばれるセンター内作業のロボット化が進んでいるが、唯一、人手を多く要する作業として、一つ一つの注文商品を在庫棚からピックアップして、梱包用の箱に詰める過程が残されている。そのため、この作業過程についてもロボット化が志向されており、実現すれば物流センターの無人化がほぼ完成する。
 実現に向けた具体的な取り組みとしては、毎年世界のロボット製造企業や大学、研究機関などが参加する‘アマゾン・ロボティクス・チャレンジ’という大会を催し、人間の腕や手に相当するアームを備えたいわゆるピッキングロボットで、上記作業の正確さやスピードを競いながらR&Dを進めている。
 以上のように、物流システムについては無人・効率化し、注文1件あたりのローコスト化とスピードアップを同時に図っていく。一方、需要予測システムの超高精度化については、Amazonが蓄積するビッグデータとAIを活用することで、顧客からの注文を先読みし、あらかじめ顧客宅に一番近い③配送デポに、商品を自動的に送り込んで置こうという仕組みであり、これらによって30分配達と同時に保有在庫量の適正化も実現する。
 続いて、2016年末にオープンしたAmazon Goは、無人コンビニとして話題となったが、実はまだ完全に無人で運営できる店舗ではない。1個1個の商品補充や陳列作業は人手に頼らざるを得ないのである。しかし、上記の物流センター内で使用するピッキングロボットが実用化段階に入れば、店舗内での商品補充・陳列作業にも応用できる。
 そして、このような物流と店舗の無人化や超高精度需要予測が可能になると、ネット販売だけでなく、ホールフーズのようなリアル店舗チェーン全体のオペレーションにも応用できる。ホールフーズの物流システムが効率化するとともに、超高精度需要予測によって販売機会損失や過剰在庫の発生を防止し、超省力化によって店舗運営全体も効率化する。
 ホールフーズはグルメスーパーマーケットということで、品質が良い代わりに価格はやや高めであるが、一連のイノベーションによってコストを削減し、よい商品をよりリーズナブルに提供できる可能性が出てくるのである。
 このようなAmazonの動向に対して、大きな脅威を抱いているのが世界№1小売業のウォルマート(本社:米国)である。今後の成長が期待できるネットショッピング分野ではAmazonの後塵を拝し、これからはリアル店舗の分野でも脅かされる恐れがあるからだ。
 そこで、ウォルマートはネット市場の拡大に向けてGoogleと業務提携し、AIを搭載したスマートスピーカーなどで、簡単に商品を注文できるようにした。ウォルマートがGoogleのネット通販・宅配サービス「Google Express」に日用品など数十万点を出品することで、ユーザーは音声認識AIを搭載したスピーカー「Google Home」やスマートフォンに話しかけるだけで商品を注文できる。

3.スマートスピーカーがネット販売を変革する
 スマートスピーカーは、2017年秋あたりから日本でも各社から相次いで販売開始された。ネットショッピング用の主要デバイス(端末)は、PCからスマートフォンに移ってきたが、これからはスマートスピーカーが主役に躍り出る可能性がある。
 米国の市場調査会社CIRPによると、米国におけるスマートスピーカーの利用台数は、2018年9月末時点で5300万台。メーカー別利用台数シェアは、米アマゾン・ドットコムの「Echo」シリーズが70%、Googleの「Google Home」シリーズが25%、Appleの「Home Pod」が5%。スピーカーに向かって話しかけるだけでネット注文が完了し、30分で商品が届くようになれば、これほど楽なショッピングの仕方はないであろう。
 米国では、あらゆる消費関連企業がAmazonの成長によって影響を受ける「アマゾン・エフェクト」と呼ぶ現象が起きているのは周知の事実である。プライム会員数も世界で2018年末に1億人を突破したという。日本市場ではスマートスピーカーの普及が遅いものの、GoogleやAppleの動向も含め、これを対岸の火事として傍観しているわけにはいかないであろう。

4.日本市場への影響
 今後、スマートスピーカーで注文して30分で商品が届くというビジネスモデルが、米国でデファクト・スタンダード(既成事実としての標準仕様)となっていけば、このモデルは必ず日本市場にも持ち込まれるであろう。いや、既に「Amazon Echo」は2017年11月に日本上陸を果たしている。これを使ってAmazonで買物をすることもできる。矢は放たれていると言ってよい。
 また、ネット販売分野だけでなくリアル店舗販売においても、今後ホールフーズでの取り組みが予想される物流や店舗の無人化が進展し、ローコストオペレーションが実現すれば、日本でもスーパーマーケットチェーンを買収し、同様な仕組みで展開するであろう。さらには、スーパーマーケットに限らず、コンビニエンスストアやドラッグストア、各種専門店でも、セルフ販売形態のチェーンストアであれば業態を問わず、同様にして多大な効率化が図れるので、この波が襲ってきたときには流通業界全体に激震が走るに違いない。
 それが現実になるのが10年後となるか、20年後となるか予測するのは困難だが、これからのIoT社会では、AIやロボットなどを駆使し、他社に先駆けていち早くデファクト・スタンダードを築いた企業が市場の全てをさらう(Winner takes All)というのが世界的論調になっており、Amazonが狙う方向性もこのベクトルから大きく外れることはないと予測する。